すきなもの雑記

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シネマ歌舞伎「三人吉三」の闇と死生観

ぐるっとパスの記事でも時々言及していますが…

 

私は、コロナ禍で世界が静まり返っている中

幕末の江戸の退廃感を描いた「三人吉三」という作品に出会ったことをこの先忘れないと思います

それだけ「三人吉三」という作品の時代背景、演出、役者の演技、私の視聴環境も含めて、全ての歯車が噛み合う瞬間だったんだなと思わずにはいられません


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オープニング

下町の包丁、座布団、金物や物干し…

上に下にと発せられるエキストラの生活音がキの音をきっかけにリズムになって幕が上がる、という一連の流れがいいです

これはどこにでもいる人たちの物語

特別ではない、市井に紛れた人たちの物語であるという感じがします

 

元々幕末の話が好きで、新選組がどうの維新志士がどうのとなっている映画やドラマは見たくなりますが、今取り上げられる幕末というのは京都が舞台のものがほとんど。江戸の町がどうなっていたのかあまり語られることはありません

時代が不安定な中で、ホン書きだった黙阿弥は何を感じていたのか…

 

全編通して照明が暗いのもとてもいいです

行灯や蝋燭の雰囲気が出ていて舞台の作りものっぽさが隠され、さらに没入感が増します

特に伝吉(笹野高史)とお坊(松也)が斬り合うところは、話している顔にもスポットが当たらないし

暗すぎて次にどこから出てくるかわからない緊迫感

笹野さんの出す江戸時代の空気感がすごいです

江戸の人のカラカラに乾いた栄養不足っぽい風体や言葉遣いがよかった

斬られ際の、娘思いではあるが善人ではない感じ。


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(話の入り組み方に驚いて作った相関図)

 

親の悪事が回り回って子に降りかかる「因果」。現代ではなかなか描きにくい題材で、昔の物書きの独特の感性が伺えます

独特の感性、と言えば十二支の犬をうまく絡めている点

伝吉が過去、庚申丸を盗んで斬ったのは犬

十三おとせの生まれ年は犬=畜生道に堕ちる

犬年の生まれは泥棒になるという迷信

 

劇中何度か

「思えば儚え身の上だなあ」という台詞が出てきます

しかし和尚(勘九郎)の生き様には迷いがなく、彼に身の上を嘆くような弱さはありません

三人吉三に関係なく、勘九郎さんの悪い役は実は見ていてちょっと怖い…

本当に悪い人なのではないかと誤解するくらい悪い役が板についているので…

同じくらい善人の役もあるのに不思議なもんです

あと、どんな映像作品でも芝居でもこの三人吉三の和尚の切腹以上にリアリティのあるハラの切り方は見たことがないです

 

逆に、お坊とお嬢(七之助)は悪になりきれない弱さや人間らしさがあって感情移入できます

乱暴者で言葉遣いも荒いお坊だけど、育ちの良さが垣間見えます

それがなんとなく演じてる松也さんに重なって見えたりもして

 

三人吉三巴白浪は長い作品だし、シネマ歌舞伎三人吉三もノーカットだと3時間半くらいあったとか。

そのため映像で見ると掘り下げが浅いなと感じるのが正直なところです

しかしそんな中でも、見ていて一番惹かれた登場人物はお嬢でした

幼い頃に拐かされた過去を持ちながら、美貌を活かして女装し罪を犯す若者。

素直に兄弟分を信じ、お坊と一緒に死ぬという。

 

お坊とお嬢が死のうとする所の七之助さんの演技を見ていると息をするのも忘れます

お坊と二人、生まれ育ちから死んで地獄へ行くところまでを交互に台詞で畳み掛け、かと思ったらおし黙り、横にゆっくり視線をやって、お坊の手をおもむろに取る、

という間の緩急がすごいです

視線が動くたびに音がしそうな緊迫感

それから二人で抱き合うんですが、その間も絶妙だし、お嬢がお坊の背中に手を添えたあとに、位置を変えてきゅっと袖をつかみ直すんですよ

その動作が本当に健気に見えて…

次のシーンではお坊が先にお嬢を殺そうと、覚悟はいいかとお嬢の帯を強引に引き寄せます

お嬢は少し逡巡するけれど覚悟を決めて、すぐに笑顔で未練はないと言う

ただ人生に行き詰まって、世を儚んで死ぬんじゃない

お坊とともに死ぬのだから何も怖いことはない、と。

 

ちなみに

歌舞伎家話の中で松也さん七之助さんが三人吉三について話していました

傍から見るとこんなに素晴らしい出来だったのに、大川端の場は全然演技が固まってなかったとか

初日の記者会見と公演の間の何時間かも練習にあてたと

串田さんからなかなかオーケーが出なくて、いろんなバージョンで稽古をしていたようです

コロナ禍で作品の裏話が聞けるのが唯一の良かった点です

 

セット自体は本水や降雪はあれどシンプルで、音楽もメインテーマのようなものはなしで、それがいいと思いました

唄や演奏もありません

コクーンの小ささを活かした小回りのきくセットでいくつもの場面を転換していきます

十三おとせの若くて前向きな恋愛が眩しい

いつか鶴松さんのお嬢も見たいです

 

三人吉三を現代に置き換えたら?という妄想をするんですが

 

和尚…元警官。今は裏稼業の用心棒

お坊…スーツ姿のチンピラ。喧嘩っ早いヒモ

お嬢…女子高生の格好をして繁華街で万引

伝吉…風俗店経営

と、ここまではいいとして

おとせちゃん…父の風俗店で働く

ってなってダメダメダメ!!!となりました